8月になってしまいました。関東もようやく梅雨明けしたといいますが、また台風が近づいているとかで、風が強く、ここ数日は夜の月も明るくて、奇妙に気分の高まる日々です。3つの窓を開け放して眠ると、夜じゅう家の中を風が吹きぬけ、枕草子の夏の一節を思いおこします。おととい、夜中に眼を覚まし、月の光が部屋の中に明るい切れ目をいれるのを見ました。
こどものころから気圧の変化や月の満ち欠けに気分が左右されるたちで、友達にもそういう人が多く、台風が近づくとわくわくして、みんなで強風のなか校庭を駆け回ったものでした。
私は福岡生まれですが、台風は毎夏から秋にかけてのイベントでした。田んぼの真ん中で川に囲まれていた小学校は浸水による休校が何度もありました(現在は、周囲は住宅になっていてそんなこともないようですが)し、ごく幼い頃には、3軒隣のお家の屋根が風で飛んでいったこともありました。ほんとうの話です。その後ながいあいだ、飛んでいった屋根は私の家の向かいの空き地につんでありました。今思えば、拾ってくるのは大変だったでしょう。
なぜか、土管のことを思い出しています。今の家のまわりには誰のものかわからない空き地というのがまったくありませんが、こどものころは、そんな空き地が家のまわりにたくさんありました。いまよくよく考えてみれば、そのなかには塀や柵に囲まれていたところや、私道にちがいない裏道もあったのですが、こどもというのは猫のようなもので、所有地の概念がわかっていなかったし、うろうろしていても誰も叱らなかったので、遊び放題でした。つくしを摘んだり(家にもって帰ってお母さんにあげる)グミをとったり(その場で種の周りの甘い部分だけ食べ、あとは捨てる)し、大きな土管を秘密基地にしました。
あの土管は大発見でした。ある日、ある空き地に、こどもが中で楽に立てるくらいの大きな土管がいくつも横たわっているのを見つけたのです。たぶん建設業者が余った資材を置いていたのでしょうが、いすにちょうど良い資材もあって、しばらくのあいだはそこで楽しく遊んでいました。
いくつのときだったでしょうか。一度、雨の日にひとりでそこへ行ったことがありました。雨宿りが目的というより、雨が降っているときにそこにいたかったのでしょう。こどもというのはなぜか、いつも、自分ひとりの家を探してしまうようなところがありますね。
(KONO)
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